NHK大河ドラマ「西郷どん」第4話のあらすじとキャスト




2018年1月28日(日)夜8時に放送されたNHK大河ドラマ「西郷どん」第4回「新しき藩主」のあらすじを紹介していきます。吉之助は薩摩の現状を江戸にいる斉彬へ何度も書状を送りますが、一向に薩摩の状況は良くなりません。そんな中、藩主斉興の命を受け、斉彬派の処罰が行われていきます。そして遂に赤山靭負にも切腹の沙汰が下ります。薩摩藩の今後はどの様になって行くのでしょうか。

ドラマ「西郷どん」のキャストと登場人物

瑛太(役:大久保正助)

登場人物

大久保正助(おおくぼ・しょうすけ)のちの大久保利通で、西郷吉之助とは子供の頃からの幼馴染でありライバルでもある。西郷と共に明治維新の立役者の一人。

 

「西郷どん」第4話のあらすじ

お由羅騒動が起こり、赤山さまに切腹の御沙汰が下り納得のいかない吉之助は、仲間と一緒に藩主の斉興の息子である島津久光の元へ行き、赤山の切腹の命を取り消して貰える様に土下座してお願いします。

しかし、久光は自分にはどうする事も出来ないと籠に乗り込み去って行きます。城の中で久光は、母の由羅の事を心配するのですが、由羅は実家のある江戸では「由羅の祟り」や「由羅の呪い」などと言う噂が世間を騒がせている事を知っていて、自分はどうなっても良いが、殿である斉興と息子の久光の事だけが心配だと言うのです。

その頃、久光の所で家来達に傷めつけられて家に戻っていた吉之助の元へ、以前に吉之助が夜逃げを思い留めさせた中村半次郎がやって来ます。夜逃げを止めてくれたお陰で自分が侍を捨てなくて済んだと、吉之助にお礼を言いに来たのです。半次郎は畑で採れた芋を持参していました。するとそこへ赤山靭負の弟、島津歳貞が父の西郷吉兵衛を訪ねてやって来ました。その様子を見ていた半次郎が帰ろうとすると、吉之助は「お前の剣の腕は本物だから、稽古に励み父上に負けない侍になれ」と言うのです。その言葉に喜ぶ半次郎は「はい」と返事をし笑顔で帰って行きました。

一方、島津歳貞は吉兵衛に兄の赤井靱負からの伝言を持ってやって来たのです。明日の介錯人を務めて欲しいと言う内容でした。そして歳貞は吉之助にも、これから門弟の人達を集めて家に来て欲しいと頼みます。門弟達が赤山の元を訪ねると、明るく振る舞う赤山が酒を持ってやって来ます。赤山は酒を注ぎ門弟達と飲み始めます。子供の頃の懐かしい話を思い出していると、重苦しかったその場が和んで行きます。みんなで半次郎が持って来た芋を食べながら、皆な立派な侍になって欲しいと最後の頼みを門弟達に告げるのです。

吉之助が家へ戻ると、吉兵衛が一人険しい顔で翌日の介錯に向けて何度も刀を振り下ろしてしました。吉之助は父に、明日は自分も立ち会わせて欲しいと願い出るのです。翌日、弟の歳貞と吉之助が立ち会う中で、赤山靱負は侍として立派に腹を切り、それに答える様に吉兵衛も無事、介錯を務め上げるのでした。

その後、道理の通らない現状に我慢ならない吉之助は、由羅を切ると言いながら飛び出しますが、吉兵衛が「赤井様の御志を無下にするのか」と言いながら引き留めます。吉之助は空に向かって大声で泣き叫びながら、怒りをぶつけます。そして江戸の斉彬の元へも、側近である山田為久から「3月4日、殿の命により切腹との事でございます」と聞かされます。斉彬は「なんて事を」とつぶやきながら、大きなショックを受けます。

その後も斉興の粛清は続き、とうとう大久保次右衛門まで及びます。次右衛門は喜界島へ島流しとなり、息子の正助も城づとめを解かれ謹慎処分となってしまったのです。最後を悲しむ吉兵衛は、次右衛門と子供の頃から二人で取っていた相撲の勝負をし、残された家の事は任せろと告げて次右衛門を見送りました。

吉之助はこれまでも何度となく斉彬へ書状を書いていましたが、一向に進まない現状を訴えながら、薩摩を良くするのは斉彬が藩主になるしかないと書き、いつまで待てばいいのか、何をためらっているのか、何から逃げているのか、これ以上逃げないで立ち向かって欲しいと言う願いを書き綴ったのです。そして赤井が切腹の時に身にまとっていた装束と共に、斉彬へと送ったのです。

斉興は年が明けて新年の挨拶に江戸城へとやって来ます。出迎えた老中首座の阿部正弘は上様からのくださり物だと言いながら茶器を渡します。将軍から茶器を渡されると言うことは即ち、隠居勧告と言う事だったのです。阿部正弘は斉興に、隠居してその後の藩を斉彬に任せよと告げるのです。斉興は何も言わず笑顔だけで答えます。

のちに今度は斉彬が父、斉興の元へと挨拶にやって来ます。「よう、ぬけぬけと・・」と言う斉興に、斉彬は吉之助から届いたいくつもの書状を見せ、自分自信を戒め反省の気持ちを込めながら薩摩の人々の苦しみを訴えます。更に赤井が最後にまとった血の付いた装束を手に持ちながら、自分を信じて臨みを託した人達が、切腹や島流し、謹慎などと意に反する処遇に遭っている事も話し、その人達の気持ちに答える為に自分が藩主となって薩摩を変えると言うのです。

しかし斉興にはその気持ちは通じません。「藩主の自分にはむかったからだ」と吐き捨てます。そして隠居などする気もなく、薩摩の事は全て自分が決めると告げるのです。斉彬は薩摩藩の不正の証拠は既に幕府に渡っているので、どう申し開きをするのかを問うと、斉興は既に自害した調所広郷が一人でやった事だと開き直ります。斉彬はこのままでは、藩主は切腹、島津家はお取り潰しになると忠告しますが、斉興は島津家がお取り潰しになって困るのは自分だけでは無く、藩主になりたい斉彬も同じ事だと言いながら笑います。御公儀は斉興が隠居すれば全て丸く収めると言ってくれているとまで話す斉彬は、薩摩の主に相応しい振る舞いをして、島津家を守って欲しいと頭を下げて頼みます。しかし斉興は「断る」と言いながら斉彬を睨みつけます。

そして、藩主を斉彬へ譲るくらいなら、島津家がお取り潰しになってしまう方が良いと告げ、それくらい斉彬の事が「好かん!」と言い放つのです。もう話し合いの余地は無いと感じた斉彬は少し笑いながら、持って来た箱を開け銃を取り出し、斉興に近づこうとします。斉興は「出会え、出会え」と叫び、斉彬の背後に家来が現れ刀を抜きますが、斉彬は銃を持って静かに斉興へ近づいて行きます。その時、側室の由羅が現れ斉興の前に立ち塞がりますが、斉彬は「これは父上と私の最後の戦です」と言い「どきなさい」と大声で叫びます。斉彬は父の斉興の前に座り、「天の声を聞く事にしましょう」と言い、銃に1発だけ玉を込めます。

そして「生き残った方が薩摩の藩主に」とだけ告げ、銃口を頭に当てるのです。そして目を瞑り、引き金を引きますが玉は出ません。そのまま斉興に銃を渡すと、後ろで見ていた家来達も真剣な斉彬に何かを感じたのか、刀を鞘に収め座ります。斉興は震える手で銃を握り同じ様に頭に押し当てるのですが、寸前の所で恐ろしくなったのか銃を投げ捨ててしまうのです。隠居を告げて帰ろうとする斉彬に、どうしても自分の子供である久光を藩主にしたかった由羅は、落ちていた銃を拾い上げ発砲します。斉彬に当たりはしませんでしたが、もし斉興が引き金を引いていたらどうなっていたかも分かってしまうのです。斉彬は由羅を睨みつけ、黙って去って行きます。

その後、斉興は隠居届けを出し、43歳の斉彬がようやく薩摩藩主になったのです。

ある日、吉之助が大きな声で正助の名前を叫びながら駆け込んで来ます。あまりの慌て様に訳を聞くと、遂に斉彬が薩摩藩の藩主になった事を伝えます。驚きながらも喜ぶ正助は、吉之助や家族と共に喜びに浸るのです。そして門弟達と共に赤山靱負のお墓へ報告しに走ります。お墓の前には既にその事を知っていた糸が先に来ていました。そして1851年、嘉永4年の5月8日、島津斉彬は第11代薩摩藩主として遂に御国入りを果たします。300人の行列に沸き立つ民衆は皆、薩摩が変わる事に期待し斉彬を出迎えたのです。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)