ドラマ「越路吹雪物語」第27話のあらすじとキャスト




2018年2月13日、火曜のお昼12時30分に放送された、テレビ朝日の帯ドラマ劇場「越路吹雪物語」の第27話のあらすじとキャストをまとめてみました。脚本家の庄司義男からの求婚に戸惑い悩み抜いた結果、時子の理解もあって、いい思い出のまま求婚を断った美保子でした。今度は編集部の森に召集令状が届き、時子の心中が揺れる事になります。どんな展開が待っているのでしょうか。第27話のあらすじをまとめてみます。

ドラマ「越路吹雪物語」のキャストと登場人物

下川友子(役:事務員のともちゃん)

登場人物

事務員のともちゃん 宝塚歌劇団の事務員

 

「越路吹雪物語」第27話のあらすじ

森に召集令状が届いたと言う知らせを聞いて、時子と美保子は慌てて駆けつけると、そこでは既にみんなで千人針を縫っているのでした。肝心な森の姿が見えないのですが、風に当たって来ると言って出て行ったと加治が教えてくれます。加治が、そろそろ稽古に行かないといけない子もいるので呼んで来て欲しいと時子に頼みます。森はこれまでいい記事を書いてくれて、無愛想だけど記事に愛があると言うみんなの言葉に気を良くした時子は、笑顔で呼びに行きます。すると加治は、森が時子の事を好きなんじゃないかと言い出します。森は時子が来てから変わったと言うのです。丸くなった感じがすると言い、他の子もそう感じていたと言うのです。美保子は「ないない、時子を見てれば分かる」とあっさり否定します。

その頃森は、中庭で一人でタバコを吸っていました。「森さん」と声をかける時子は「タバコ吸われるんですね、知らなかった」と言いながら森の側へと行きます。森は「今日はなんとなくね」と返事すると「みんな待ってますよ森さんの事、今も、この先も」と言う時子「それ吸い終わったら戻って来て下さいね。でないと私が怒られます」と言って立ち去ろうとする時子に「小さい頃からずっと体が弱かった。子供の頃は自分で勝手に、大人になれば普通になると思ってた。でも大人になってわかったのは、僕の心臓はポンコツだって事だった。と言うのです。そんな言葉を聞いた時子は、母の秋子から聞かされた父の「僕の心臓はポンコツになっちゃったみたいだぁ」と言う言葉を思い出していました。森は「今まで悪かったな。いろいろ嫌な事言って。ダメな人間ほど誰かを見下したくなる。それが僕だ」と言うのです。「そんな事ありません。確かに森さんの言う事に腹が立った事もあります。それでも森さんの事をダメだとか、ポンコツだとか思った事ありません。だって森さんの心臓、頑張って動いてるじゃないですか。森さんだって頑張って生きてるじゃないですか」と一生懸命に伝えるのです。

その頃、美保子はみんなに「森と時子は恋とかじゃなく、人と人って言うか。だって時子に恋をしてワクワクドキドキしてる様な感じは全然ないし、そんなの恋じゃない」と言うのです。

一方、森は「時子とコーちゃんが仲がいいのがよく分かる。全く逆の性格のようで、実は似てる」と言います。時子は驚きながら「私とコーちゃんが?そんな事ありませんよ。だって私、あんなにチャーミングではないですよ」と答えますが、森は「自分ではわからないものなんだろうな」と答え「この戦争、もうまずいかもしれない。こんな体で、一度は徴兵から弾かれた僕でも出征させるんだ。そこまで日本軍は切羽詰まってると言う事なんだと思う。戦争が続くにしても、終わるにしても、この先日本はどうなるんだろうなぁ」と遠くを見ている目で呟き「さぁ戻るか、千人針のお礼はちゃんとしとかないとな」と言って立ち去ろうとします。すると時子は「待ってますから。森さんが宝塚に、編集部に帰ってくるの。ちゃんと雑誌守って待ってますから」と言うのです。森は少し嬉しそうに「もしお前がその時、編集長なんかになっていたらすぐに他の仕事を探す。女の下でこき使われるなんてごめんだからなと」言って笑顔で立ち去ります。時子も笑顔で「だったら私も、編集長権限として絶対にやめさせません。優秀な編集部員は必要ですから」と大声で叫ぶのです。

森はみんなが心を込めて刺した千人針を大事そうに受け取り、深々と頭を下げ宝塚を後にしました。

しばらくして、また満州の八重子からハガキが届きます。そこには、二人目の子供がお腹にいると書かれています。中川慶子と一緒にハガキを見ながら、同い年の人でもいろいろな人生があるんだなぁと感心していると、加治が慌てて部屋へと入ってきます。

劇場で公演が出来るようになったというのです。大劇場は無理でしたが、宝塚映画劇場で定期公演の許可が出たと言います。大劇場でやっていた演目が出来る様になると言う事なのです。その事を知ったみんなは夢のような出来事に喜びます。しかし米軍の空襲がその後も激しくなり、宝塚歌劇団の映画館での公演も中止を繰り返すことになるのです。

美保子は時子の部屋で遠くの空が空襲で真っ赤になっているのを見ながら「あの噂って本当かな?この前の大阪の空襲の後、帰って行く B29が上空からビラを巻いたって」と呟きます。時子は「あぁ、歌劇団があるから宝塚には爆弾落としませんよって言う」と言うと、美保子は「美しいお嬢さん達、心配しなくていいですって言うあれ、本当かなぁ?」と聞きますが、時子は実際にそんなビラを見た事がないので分からないと返事します。美保子はもし本当だったら自分達がズルしているみたいに思われるのかなぁと心配していたのです。真っ赤に染まる夜空の下では沢山の人達が亡くなっていると思う美保子はいたたまれない感情に押し潰されそうになるのです。

そして6月23日沖縄戦が終結します。その後本土への空襲が続き、各地の都市は焼け野原に変わって行き、遂には8月6日、広島への原子爆弾投下。さらに9日には長崎にも原子爆弾投下。そして8月15日に日中戦争から始まった、8年にも及ぶ長かった戦争が終わったのです。

美保子は、もう空襲はなくなり誰も兵隊に行かなくて済む事を喜び、兵隊に行った人達も戻ってくる。満州に渡った八重子も戻ってくるのではと思っていました。日本の海軍に接収されていた宝塚歌劇の大劇場は、今度は米軍に接収される事になります。宝塚歌劇は戦争中からその火を消す事なく、宝塚映画劇場や大阪の劇場での公演を続けてきました。戦争が終わった事で、演目も戦争前の様な華やかさを取り戻し、さらに加えて禁止されていた海外の音楽も使える様になり、ジャズを中心に新しい音楽を取り入れた演目も増え、活気を取り戻しつつありました。

しかし生活は困窮し美保子たちは常にお腹を減らしています。実家が東京の美保子たちは、実家も空襲で焼け野原になってしまっていて、何か食べるものを送ってもらったりする事も出来ません。それでも美保子達は、常に明るく逞しい日々を送っていたのです。

その頃の新聞には、越路吹雪はショーストッパーであるという記事が踊っていました。歌手が1曲歌い終わると客の拍手が鳴り止まず、次の歌に行けずにショーがストップしてしまう。それほどの歌手という意味でした。編集部長の内田は、耳の肥えている進駐軍の米兵たちがそう認めているのだから、たいしたものだと感心します。そして将来が楽しみだなと時子に言います。

翌年の1946年、昭和21年4月、 ついに宝塚大劇場が歌劇団の元へと戻って来たのです。ここから戦後の宝塚歌劇団の黄金時代の始まりでもあり、同時に越路吹雪の輝かしい時代の始まりでもあったのです。




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