NHK大河ドラマ「西郷どん」第27話のあらすじとキャスト




2018年7月22日(日)夜8時に放送されたNHK大河ドラマ「西郷どん」第27回「禁門の変」のあらすじを紹介していきます。島から戻った吉之助は一蔵の待つ京へと入り、一橋慶喜と腹を割って話しをして再び強力する事になりますが、国父・久光は慶喜の目に余る振る舞いに我慢出来ず薩摩へと戻ってしまいます。軍賦役兼諸藩応接係と言う新たな役目を命じられた吉之助は慶喜に謝罪しますが、なぜか人が変わった様な態度の慶喜に違和感を抱きます。混沌とする京に残った吉之助は、これからどんな動きを見せるのでしょうか?第27話のキャストとあらすじをまとめてみます。

ドラマ「西郷どん」のキャストと登場人物

松田翔太(役:一橋慶喜)

登場人物

一橋慶喜(ひとつばし・よしのぶ)一橋家の当主で、亡き斉彬が次期将軍として担ぎ出そうと尽力したが、全く興味を示さずヒー様と名乗り品川宿に入り浸る。

「西郷どん」第27話のあらすじ

一橋慶喜の屋敷を出た吉之助は、風に吹かれて飛んで来た紙くずを拾い上げると、京が炎に包まれている絵と「もう直ぐ戦が始まり、京の町が焼き尽くされる」と言う文字が書かれていました。吉之助は、近くに座り込んでいた物乞いらしき人物に近寄り声を掛け「侍の本懐は戦をする事ではなく、お前達の様な民を守る事だ」と話し「心配するな」と告げてその場を立ち去ります。

ある日、吉之助の元へおかしな人物が訪ねて来ていると騒ぎになります。その人物は慶喜の屋敷の前で会った物乞い風の人物でした。その男は「自分が長州の者だ」と告げるとその場に緊張が走ります。そして「長州藩士・桂小五郎だ」と名乗ります。部屋に案内された桂小五郎は吉之助に頭を下げて「長州を助けて欲しい」と言い出します。「長州は今、大きな間違いを起こそうとしている」と言うのです。「長州の過激な連中が御所を取り囲もうとしている」と話す桂は「薩摩に頼むのでは無く西郷吉之助に頼みたい」と話し「自分を一橋慶喜様に会わせて欲しい」と頼むのです。そして「長州は戦を望んでいるのでは無い」と説明したいと話しますが、吉之助は「一橋様御家臣の平岡様を討ったのは長州では?」と尋ねます。桂は「違う!長州では無い」と答え「自分はその場を目撃していた」と話すのです。「しかしどこの誰かは分からない」と話し「京都所司代や新撰組が嫌疑を掛けているのは長州だけでなく、土佐や肥後、そして薩摩だ」と話すのです。驚く吉之助に「薩摩には人斬り半次郎と言う凄腕がいると言う噂がある」とも伝えます。

その頃、一橋慶喜は「禁裏御守衛総督」を命じられ天子様直属の家臣となっていました。慶喜は長州勢を心配する天子様に対して「長州を討てと我らに命じて欲しい」と願い出ます。そして暫くして慶喜は自分の身代わりとなった平岡を討った犯人を知る事になり「そこまで裏切られるか」とショックを受けます。

一方の吉之助は、自分の方から慶喜に声を掛けて宴の席を設け、そこへ慶喜には内緒のまま桂を同席させます。しかしヒー様は桂が侍である事を見抜きます。吉之助と桂は「無駄な戦を避ける為に力を貸して欲しい」と慶喜に頼みます。吉之助の予想に反して、慶喜はあっさりと願いを受け入れます。慶喜は「幕府と薩摩、そして長州が手を組めばこの乱れた世を正す事が出来る」と言って「共に天子様、そして日本国を守ろう」と話すのです。

桂は早速、目立たぬ様に潜んでいる長州の過激な者達に会い、思い留まる様に説得します。その時、その潜伏先に桂を訪ねて一人の男が現れます。その男は人斬り半次郎こと中村半次郎でした。出迎えた桂小五郎に「平岡様を討ったのは長州だと思っている」と告げると桂は「違う!」と話し「君ではないのか?」と逆に訪ねます。半次郎も「違う!」と答えてその場を立ち去ろうとしますが、桂は半次郎に「西郷吉之助を知っているか?」と訪ねます。すると半次郎時は「薩摩の者で西郷先生の事を知らん者はおらん」と話すと桂は「西郷君に伝えて欲しい」と言い「貴殿のお陰で長州は救われた。我らは同志だ」と告げるのです。

それから一月後、慶喜は新撰組の調べで長州が企てていた計画を知り「長州の巣窟を一網打尽にせよ」との命を下します。その夜、新撰組は池田屋を襲撃し、9名の長州藩士の命を奪います。これをきっかけに長州勢は2000の兵を挙げ京へと向かいます。

その事を聞かされた吉之助は「薩摩の役目は御所を守る事だ」と話し、慶喜と会って薩摩は出兵を辞退する事を告げて戦を避ける様、説得に向かいます。戦の準備を進める慶喜は吉之助と二人きりで話し「自分の命を狙った下手人がわかった」と話し「水戸の者だった」と告げます。そして「もはや誰が味方で誰が敵なのか、自分には見当も付かない!」と叫び「もう信じられるのはお前しかいない」と話し「お前だけは裏切らないでくれ」と頼むのです。

京へ入った長州勢は3箇所に陣を構え、幕府側との睨み合いが続きます。あくまで出兵を拒んでいた吉之助でしたが、天子様から「長州を一蹴せよ」との勅命が下され、さらにこの件について全て慶喜に一任されたと聞かされます。そしてこのまま出兵を拒み続ければ天子様の命に背く事になる為、やむなく出兵を決断する事となります。そして薩摩からの援軍も続々と集まります。吉之助は薩摩藩士の先頭に立ち、長州軍を討つ事を目的にするのではなく、京から撤退させ天子様に平穏な日々を取り戻してもらう事を目的とすると告げます。

こうして元治元年7月19日早朝「禁門の変」の火蓋が切られます。長州軍は少ない兵にも関わらず、御所内へと進軍して来ます。吉之助は薩摩軍を分けて会津軍などの応援に回し、一気に長州軍を押し返します。そして大将である来島又兵衛を狙う様に指示を出し、来島又兵衛は薩摩軍に討たれます。

吉之助は薩摩藩士に刀を納めよと指示を出し、長州軍にも降伏する様に促します。長州軍は吉之助の指示に従って刀を捨てますが、そこへ会津軍がやって来て斬り掛かり再び戦が始まります。混乱を鎮めようとする吉之助は、長州軍の放った鉄砲の銃弾を足に受けて負傷します。

やがて京の街は燃え盛る事になり、その光景を見た吉之助は嘆き悲しむのです。

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