NHK大河ドラマ「西郷どん」第32話のあらすじとキャスト




2018年8月26日(日)夜8時に放送されたNHK大河ドラマ「西郷どん」第32回「薩長同盟」のあらすじを紹介していきます。吉之助を頼って来た坂本龍馬の働きで長州の桂小五郎は、再び西郷吉之助と会う事を承諾します。しかし吉之助は京の一蔵から届いた手紙を見て、桂小五郎との事は有村俊斎に手紙を託して頼むのですが、長州を憎んでいた有村は長州には行かなかったのです。坂本龍馬はその事に怒り、京の吉之助に直接会って不満をぶつけます。改めて桂の事を考えながら自分の行動を悔いる吉之助は、再び桂小五郎に会う事を決意します。そんな吉之助はどう言う行動に出るのでしょうか?第32話のキャストとあらすじをまとめてみます。

ドラマ「西郷どん」のキャストと登場人物

高梨臨(役:ふき)

登場人物

ふき(ふき)西郷吉之助が、薩摩で年貢を徴収する役人補佐だった頃に貧しい農民の娘だったふきと出会い、助けようとする吉之助の想いも虚しくふきは借金のカタに売られて行く。自分を助けようと奮闘してくれた吉之助と再会を果たし、後に一橋慶喜に身請けされる事になる。

「西郷どん」第32話のあらすじ

慶応元年8月、幕府は兵庫の開港などを迫る諸外国の圧力を受け続け、国内でも幕府を倒そうと言う気運も高まる中、一橋慶喜はある企てを果そうとフランスの公使・ロッシを招いていました。慶喜はロッシに対して「軍艦で兵庫に乗り入れてもらいたい」と話し「その後は全て自分に任せて欲しい」と告げるのです。その後、イギリス、オランダ、フランスの連合艦隊が兵庫の沖に現れ、京は大混乱に陥ります。

翌日、慶喜が再び天子様の御前に参られると云う情報が一蔵の元へと入ります。一蔵はこの事をきっかけに「幕府が再び長州征伐に乗り出そうとしている」と感じていました。慶喜は天子様に対して「長州征伐の勅許が貰えない場合、徳川は政の一切から手を引く」と話します。天子様は止む無く勅許を下す事になります。

その知らせを聞いた吉之助と一蔵は、二人で密談を交します。一蔵は吉之助に一通の書状を渡します。その中には「非義の勅命は勅命に有らず」と書かれていて「いくら天子様が許しても、それが万民の納得出来る物で無いならば従わなくても良い」と云う内容が書かれていました。そして大久保一蔵の名が書かれていたのです。それは正に「天子様が間違っている」と言う意味でもあり、これが世間に広まれば、一蔵が日本中から命を狙われる事も意味していたのです。吉之助は反対しますが、一蔵の決意は固く聞き入れようとはしませんでした。

そして一蔵は「俺達は間違っていない」と話し「命を落としてもやらなきゃならん」と言うのです。吉之助は「恐ろしい男だ」と言って、自分もその書状に名前を書き入れます。その書状は瞬く間に世間に広まります。それを見た慶喜は怒り、薩摩への敵意はこれまで以上に増す事となります。

一方で、長州の伊藤俊輔はその書状を桂小五郎へと手渡し、内用を読んだ桂は「なるほど・・」と感心しますが、これまでの苦い経験から「私は騙されないぞ」と話し「二度と薩摩の事は信用しない」と言うのです。その頃薩摩の有村達もその書状を目にして、吉之助がまだ長州と手を組もうとしているのではないかと不満を抱いていました。

吉之助は長崎の亀山社中に坂本竜馬を尋ねて行きます。吉之助は国父様の許しを貰ったと伝え、薩摩の名で銃や大砲、そして軍艦を買い揃えて長州に引渡し、その代わりに長州に米を頼みたいと話し、その取りまとめを坂本竜馬にお願いしたいと言うのです。しばらく考えた坂本は立ち上がって吉之助にシェイクハンド(握手)を求めます。

坂本は早速に長州の桂の元を訪ね吉之助の申し出を伝えます。しかし桂は「二度と薩摩を信じる事など出来ない」と話し、坂本に「君は商いが出来ればいいと思っている」と話し「そんな男に侍の意地がわかるか」と叫びその場を後にします。坂本は、桂の後を追って立ち去ろうとする伊藤俊輔を呼び止め「長崎でグラバーと言う商人から預かった、イギリスに留学している長州人からの文だ」と言って何通かの手紙を渡します。坂本はその中に入っていた写真を見ながら「狭い日本の中でいがみ合っていてもつまらんぜよ」と話します。

桂は、一度は坂本の話しを断ったものの、長州の為に命をも惜しまず戦おうとする仲間の姿を見て考えを改めます。そして翌年の慶応2年の1月早々に、桂と伊藤は幕府の目を掻い潜りながら京へと入り、坂本の手引きによって吉之助と一蔵に再開します。桂は、薩摩と手を組むにあたっての条件をまとめた書面の内容を伝えます。しかしその内容は、あまりにも上から目線の一方的な内容で、仲介に立つ坂本も呆れてしまう程の物でした。勿論、一蔵も納得出来る内容ではなかったのですが、吉之助は「桂さんの気持ちはよく分かりました」と呟き、「返事を翌日まで待って欲しい」と伝えます。桂は「今度は約束を違わぬように」と伝えてその場を後にします。

吉之助は早速に小松帯刀と桂久武の元へと相談へ向かいます。内容を聞いた桂は「とても我々だけで結論を出せる事柄では無い」と話し、一蔵は「国父様がお怒りになるのは明白」と呟きます。しかし吉之助は「桂が薩摩と手を組む事を決断した心中には、余程の物がある」と伝え「我々も腹を決めましょう」と言うのです。

小松帯刀は、この条件を受け入れるのならば「あくまで長州側から先に願い出るまで、薩摩側からは何も話してはならない」と伝えます。そして吉之助はその条件を受け入れます。

翌日、坂本と桂、そして伊藤が小松帯刀の屋敷に揃います。そして、お互いに何も喋らないまま時間が過ぎて行きます。そこへ話し合いの情報を掴んだ大山や有村達が、大声を上げながら乗り込んで来ます。あくまで長州とは手を組む事に反対している者達でした。長州を朝敵だと叫ぶ有村達に向かい吉之助は「いい加減にせんかぁ」と叫び「いつまでそんな事を言っているのか」と話します。そして「お前達が変わらない限り、この日本は変わらない」と言うのです。

黙っていた桂は立ち上がり「西郷くん、やはり我らが手を取り合うのは、まだ先の様だ」と告げます。しかし吉之助は「そんな事はない」と答え、伊藤へイギリスから届いた写真を見せる様に伝えます。そこには、薩摩の者と長州の者達が一緒に写っていたのです。そして、留学先でいがみ合っていた者達は、いつしか理解を深め、互いに日本の未来を考える様になっていったと言うのです。そんな中、お金に困っていた長州の者に薩摩の者がお金を貸し、しばらくしてその薩摩の者は病気で亡くなったと伝えます。

吉之助は桂に「既に留学している若者達はお互いに助け合っている」と話し、自分達も見習って薩摩だ長州だなどでなく「同じ日本人として手を取り合って行くべきだ」と言うのです。

そして桂の前に座り頭を下げてお願いします。一蔵も立ち上がり、吉之助の横に座り直し、同じく頭を下げ、それを見た小松も、桂も、そして大山や有村達も皆で桂小五郎に頭を下げるのでした。

桂は「こりゃ我らの負けじゃな」と話し、吉之助の前に座り手を差し出して握手を交わし「西郷くん、よろしゅう頼む!」と叫ぶのです。吉之助も「こちらこそ」と答え、慶応2年1月22日、世に言う薩長同盟が結ばれる事になるのです。

 




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